映画「秒速5センチメートル」 ネタバレ考察感想 松村北斗の自然体な演技が光る秀作

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大好きだった新海誠監督の『秒速5センチメートル』を最初に実写化すると聞いて大丈夫か!?と不安になった人も多いと思いますが、私もその一人です(笑)
ただ実際に鑑賞するとそんな不安は杞憂で、原作アニメの拡張版として本当に優れた実写映画になっていました!

原作アニメに凝縮された少年時代の喪失感や大人への萌芽など、本作でもより十分に感じられる物語になっていたと思います。
静謐な映画なので刺さる人を選ぶかもしれませんが、柔らかく優しい映画が好きな方にはかなりオススメしたい映画です。

鑑賞オススメ点数・・・85点

あらすじ

東京の小学校で出会った貴樹と明里は、互いの孤独にそっと手を差し伸べるようにして、少しずつ心を通わせていった。しかし、卒業と同時に、明里は引っ越してしまう。
離れてからも、文通を重ねる二人。相手の言葉に触れるたび、たしかにつながっていると感じられた。
時は流れ、2008年。東京で働く貴樹は、人と深く関わらず、閉じた日々を送っていた。30歳を前にして、自分の一部が、遠い時間に取り残されたままだと気づきはじめる。
そんな時にふと胸に浮かぶのは、色褪せない風景と、約束の日の予感。
18年という時を、異なる速さで歩んだ二人が、ひとつの記憶の場所へと向かっていく。交わらなかった運命の先に、二人を隔てる距離と時間に、今も静かに漂うあの時の言葉。
大切な人との巡り合わせを描いた、淡く、静かな、約束の物語。(HPより抜粋)

以下、ネタバレ含みます。

(1)原作アニメの世界を「拡張」する確かな演出力・脚本力

今回、新海監督を有名にした出世作でもある『秒速5センチメートル』の演出を手掛けたのは奥山由之監督。カメラマン出身でMVやCMの監督はしていたものの、長編映画は『アット・ザ・ベンチ』に次ぐ2作目ということで、この若手の大抜擢にまず驚きました。
そして本作の興行的・芸術的観点からいって、今後確実に日本を代表する映画監督へとなっていくのだろうなと、ときめきました。
まだ33歳という若さだから、年齢にも本当にびっくりです。

脚本は鈴木史子さんで、原作アニメが3つの短編から構成されていたところを1つの地続きの物語に再構築したところも見やすかったです。時系列もかなり手を加えていましたよね。
鈴木さんも『愛に乱暴』などの実績はあるものの、まだ世間的に有名な作品は手掛けていないようなので、こちらも今後大注目の脚本家となりました。

原作アニメを実写化するにあたって一番気になっていたのは、いかに新海アニメならではの写実的で幻想的な世界を再現するのかという部分でした。
ただ、スタッフリストを見たときに既に映像部分での成功は約束されたようなものだと思いました。なぜならカメラマンは今村圭佑さんで、名だたる監督たちの映画を撮影してきた超実力のある人物です。
実写版では、あえて映像の解像度を下げ、ぼんやりと人物や風景を映すことでアニメなのか現実なのか、その境界を曖昧にさせる手法が成功したように思います。
そのぼんやりとした映像が嫌だという意見も聞きましたが(笑)

この映像手法を選択したことで、原作アニメファンの観客は、物語の世界に入っていきやすくなったことは要因としてあると思います。

本作の興行的な成功は、原作アニメの物語を「改変」ではなく「拡張」したことではないかと思います。
原作アニメが60分しなかった短い物語に、貴樹たちの大人になった「その後」を生み出したことがめっちゃ良かったです。そして本当にそうなっているんだろうな、というリアリティが映画により説得力を与えていました。

また、新海監督は映画を作る際、実際に街の風景を写真で撮り、その写真や映像を新海作品風にアニメで表現していく手法を取っています。
実際の街並みをアニメに変換し、さらにアニメを現実世界に変換する、というなんとも不思議なアプローチをしているのが本作です。
原作アニメと同じカメラアングル、街並み、美術セットやロケーション、空気感、これらをアニメから抽出して再現しているところが素晴らしかったし、誰しもが自分の心に思い描くノスタルジックな感覚を想起させてくれます。
美術セットやロケ地探しなど、その再現度は圧倒的で、制作チームが相当優秀だったんだな、と思います。

少年時代に恋したときの感情、30代で襲われる焦燥感や将来が見えてくる現実像、そんな普遍的な感情を詰め込んだ演出力が素晴らしかったです。

そんな原作ファンの一人である私が、思わず鳥肌の立った演出がいくつかあります。
アニメでは主題歌に山崎まさよしの「One more time one more chance」が使用されています。この楽曲が原作アニメ『秒速5センチメートル』の世界を決定づけており、曲を聞くたびに映画の印象的なシーンを思い浮かべるまでになっています。

しかし実写版では、この「One more time one more chance」を貴樹と花苗のカラオケデートでBGMとして流す憎い演出があります。
原作アニメにはこのシーンはありませんでした。絶対に楽曲を流したいシーンであえて劇伴でもなく、カラオケのバックミュージックとして花苗の恋心のドキドキ感を演出しており、この演出にめちゃくちゃ驚きました!

そしてその後、貴樹が約束の場所に向かうクライマックスではしっかりと「One more time one more chance」を流すことで、ここで流れたか!という観客の期待感を見事に裏切り、昇華させていました。

そしてもう1つ、宇宙科学館で貴樹は明里の存在に気付きますが、そのきっかけが小学生たちの会話で、「ねぇ桜の花の落ちるスピードは秒速5センチメートルなんだって」というセリフで気付きます。この演出が超絶オシャレ!!
小学生のセリフで気付かせるって!しかも本作のタイトルにまでなるこの重要な言葉を、間接的にそこで入れてくるとは・・・。感動と同時にゾワッと鳥肌も立ちました。

いやー奥山監督マジですごい。原作アニメファンを唸らせる仕掛けをいくつも持ってきて、全てを心にヒットさせてくる。本当に今後の活躍を期待したい監督になりました。

(2)松村北斗が魅せる自然体な演技力、そしてキャスティングの統一感が絶妙!

学生時代の想い出に囚われ続け「今」をまだ生きることができなくて、周りとのコミュニケーションもうまくできない遠野貴樹を演じることができたのは、もしかしたら松村北斗しかいなかったかもしれません。
この役にギラついた野心や向上心を感じさせる俳優は必要なく、殻に閉じこもり孤独でネチネチした男はそうそう演じられません。

松村北斗の自然体な演技は、人生に希望を持てない貴樹が画面の中に実在しているようでした。
『夜明けのすべて』、『ファーストキス』などで近年着実に演技力を磨いてきた松村北斗が、さらに役者として1つ上のステージに入ってきているようにも思いました。

最近のスタート所属タレントでも頭1つ抜けている役者としての性質。存在しない架空の人物を存在しているように見せる力、それが松村北斗には既にある気がしました。

主要キャストでもう1人良かったのは森七菜です。すでに24歳なのに、どこからどう見ても高校生にしか見えない。
貴樹に片思いをする等身大の女子高生として花苗を瑞々しく演じ切っていたのが本当に印象的でした。女子高生に見せるために髪をどんぐり頭にして、肌を日焼けさせ、ハッキリとモノを言えない今時の女子高生を見事に自分のものにしています。

貴樹に想いを寄せながらも感情を伝えられない、そんな姿が原作アニメの花苗そのものでした。
明るい笑顔の合間に時折見せる、物憂げな表情が胸に刺さりました。
そしてほぼ同時期に公開されているのが『国宝』です。本作の花苗と近い時期に、『国宝』では主人公を力強く支える彰子を演じていたと考えると、その努力を感じます。
2つの作品でキャラクターが対照的すぎる・・・

森七菜と高畑充希は二人とも『国宝』に出ていて、作品とともに絶賛を受けています。同時期に評価される映画に出るって俳優としての「運」が絶対的に良い。波が来ている状態です。
この二人の女優は今年の映画作品の顔になったと思
います。

実写版『秒速5センチメートル』では、キャスティングが絶妙だったと感じます。このキャスティングのうまさも成功の一因ではないでしょうか。
なぜならこの映画に出てくる俳優はみなどこか優しいオーラをまとっている人たちばかりで、松村北斗、高畑充希、森七菜、岡部たかし、宮崎あおい、そして吉岡秀隆、全員その基準に合っています。

吉岡秀隆は原作には存在しない、貴樹が務める宇宙科学館の館長を演じます。
けれども実写版にとって、大人になった貴樹と明里を繋ぎ合わせる重要な位置付けにいる人物です。オリジナルキャラとしては最も重要な役どころです。

その重要な人物を吉岡秀隆に預けるという、プロデューサーの判断は凄い!
本作に流れる優しい空気感に合う絶妙なキャスティングは、吉岡秀隆以外には考えられなかったキャスト。他の俳優で想像するのは難しいですね。

(3)過去に囚われた貴樹が主体的に成長していく物語

冒頭の貴樹のシーンでは会社に馴染めず、周りと一切コミュニケーションを取らない人物像だということが明確に描かれます。
雑談を無駄と切り捨てくだらないと断じる。そのくせ特に大志や未来の希望もなく、ただ今を無気力に生きる現代の若者という存在。原作アニメの大人時代はそこまで無気力に描かれているわけではないので、今の時代を反映させた演出でしょう。

花苗だけでなく、貴樹が30歳時点で付き合っていた理紗からも「私のこと見てる?」と言われる始末です。こんな無気力なやつ存在するのかという酷さ(笑)
ただこの冒頭の描写が後半の大きな感動に繋がっていきます。

そんな何ごとにもやる気のない貴樹に対して、常に温かい目線で見守る会社の上司や高校時代の先生の存在が大きかったはずです。
実写版オリジナルのキャラクターにこういった温かい目線の人物が追加されていることも、本作の特徴的な点です。

映画の終盤で、明里との約束の日、貴樹は科学館に明里が来ていたことに気付きます。
この日を逃すまいと、貴樹は数十年前に約束した桜の木の下に全力で駆け出します。しかし、来てほしいと切望した明里は現れませんでした。
けど貴樹にとっても明里にとってもこの結末で良かったのです。

約束の日の後、館長から明里と思われる人物と話したエピソードを聞かされます。明里がプラネタリウムで館長と話していた際、座席は2つ空けていました。初対面とはいえ不自然に空けているなと思いましたが、貴樹が同様にプラネタリウムで館長と話す際に空けた座席は1つ。そこで時を超えて2人が並び話しているような瞬間が訪れます。同じ席に座っていては成立しない演出なんです!!
この演出にも本当に鳥肌が立った!なんとオシャレで豊かな演出なのだろうか。その後の貴樹がアップで号泣するシーンに胸を打たれます。

学生時代から時が止まり、貴樹はその過去に囚われ続けてきました。恐らく貴樹にとってのピリオドは約束の日だったはずです。
明里が来ない現実を目の当たりにして、ようやく貴樹は「今」を生きていく決心ができました。憧れ続けた過去からの脱却です。目を背けてきた社会との関係、目の前の人との対話、それらをようやく自らの主体的な行動によって、変化させていきます。

大人時代の約束の演出は原作アニメではない描写です。二人の邂逅は原作アニメでは高校時代の貴樹が大雪の日、明里に栃木まで会いに行くシーンのみです。
実写版ではどうしても最後に二人を再会させたくなってしまうところですが、そうしない演出に奥山監督の潔さと強いこだわりを感じます。

二人を再会させないことが、貴樹にとっても最善の道で、だからこそ、約束の日を何事もなく終わらせられたからこそ、貴樹は前を向くことができたのです。
逆に言えば明里が桜の木の下に来てしまえば、止まっていた時間が再び動き出し、貴樹はまた過去の籠の中で一生を過ごすことになりかねません。

明里との関係を清算できた末に、曖昧な関係でこじらせていた元カノである理紗へ、本当の気持ちを感情的に伝えることに成功します。
大切な人との距離感やコミュニケーションを普通の人と同じ様にできるようになり、これからの自分自身の人生を歩むことができました。

何十年も過去に囚われてきた貴樹の心の開放、これからの自分の人生に向けて成長できる物語。大人になって社会との関わりや人間関係に思い悩むすべての人に向けて公開された、この映画が実写版として2025年にできた意味がここにある気がしました。

まとめ

2007年に初公開され新海誠の名前を日本に知らしめた伝説的映画。
新海作品を実写化しようとした監督・プロデューサーはかなりいたと思いますが(実際かなりのオファーを受けたよう)、初めての実現にして、大成功。

よくもこのプレッシャーをはねのけてオリジナリティのある映画に昇華させたな、と本当にスゴイことをしたと思います。
幻想的でどこか懐かしい、みんなが共感できる傑作でした。

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