映画「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」ネタバレ考察感想 圧倒的な映像を前に、目も、心も、奪われる

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先日、遂に13年ぶりにアバター続編が公開されました。元々続編がある前提で作られていた作品でしたが、僕たちの元に届くまで実に13年もかかりました!
時の流れは恐ろしいですね。
13年待った甲斐があり、本当に素晴らしい映画体験をさせてもらいました。圧巻で圧倒的で、これぞ映画というものに出会えました。

そして、映像革命が起こる映画は、池袋グランドシネマサンシャインのIMAXレーザーGTで鑑賞することにしているので、今回もIMAX3Dで観てきました! 早速今回の感想を書いていきたいと思います。

アバター第一作の考察感想も書いているので、良ければこちらから読んでみてください!

鑑賞オススメ点数・・・95点

あらすじ

地球からはるか彼方の神秘の星パンドラ。元海兵隊員のジェイクはパンドラの一員となり、先住民ナヴィの女性ネイティリと結ばれた。2人は家族を築き、子どもたちと平和に暮らしていたが、再び人類がパンドラに現れたことで、その生活は一変する。神聖な森を追われたジェイクとその一家は、未知なる海の部族のもとへ身を寄せることになる。しかし、その美しい海辺の楽園にも侵略の手が迫っていた。(HPから抜粋)

以下、ネタバレ含みます。

(1)前作は森と空の映像美。今作は海の映像美。

本作冒頭では、第一作のその後がダイジェストのような形で流れるシーンから始まります。人類の侵略から部族とパンドラを守り抜いたジェイクとネイティリは子供を産み、何年も平和に暮らしていたことが描かれます。

現実世界の続編まで13年という年月がリンクして既にエモい気持ちです(笑)

映画の中で言うと、人類の次なる一手が数十年かかっているのはだいぶ手こずっているなという印象ですが、前作のラストで示唆されたように、人類もパンドラの侵略を諦めません。
人類からの侵略を逃れるため、ジェイクとネイティリも部族を捨て新しい環境へ移住することを決断します。

そこでキャメロン監督が用意した舞台が「未知なる海の部族」だったわけですね。ストーリー的にも無理なく、前作とは異なるような風景を描くため、次なる舞台にズラすあたりは流石の剛腕です。

今回もオマティカヤ族の中で人類と戦うことになれば、映画としての真新しさはなくなり、観客もまた同じ映像じゃないか!となってしまうところを、その舞台を丸ごと海に変えることで、全く新しい映像体験を観客にさせることができる。その視点のずらし方は本当に勉強になるところです。。

そして、今回はなんと言っても海の映像が本当に綺麗!水の揺らぎや光の加減、海の生物たちの生き生きと動く様子、全ての表現が一級品でした。水の揺らぎなんて一体どうやって表現しているのかと不思議すぎて、CGチームに拍手を送りたいですね。この海での表現を探るために、キャメロンは13年を費やしたのかもしれません。
映画を観終わった時には、今すぐにでも沖縄の透き通った海に入り、ジェイクたちのように自由に泳ぎ回りたいなと無性に思いました。

撮影時はスタジオに数メートル規模の深さの水槽を作り、スタジオで撮影を行ったようです。撮影手法の発想もハリウッドは桁違いですよね。さらに、俳優たちに水中での演技ができるよう特訓してもらったと、キャメロン監督本人が話していました。最初は数十秒しか潜れなかった役者が、最終的には2分近くまで潜って撮影できるようになったと明かしていました。水中での演技と、気持ちよさそうに泳ぐナヴィ達、これも役者の努力がなし得た圧倒的な映像表現ですよね。

また、アバターの世界で楽しい表現の一つは、ナヴィたち以外の生物にあると思います。現実世界にもいそうだけど、いない。そんな造形をした海の生物たちが、今回もたくさん登場します。新種の生物が出てくるたびに、ワクワク感が止まりません。

クジラのようなトゥルクンや今回のジェイクたちが乗るイルという生物の造形も、めちゃくちゃリアルで本当に可愛かった!
キャメロン監督が本作にかけたハンパじゃない熱意も、実際にこの映画を観たら納得できました。
待ちすぎて期待値が高くなりすぎてしまいましたが、余裕で期待値超えです。

(2)前作と共通するテーマ 人間はまたしても侵略を繰り返す。

前作からアバター内の世界はさらに奥行きを増し、部族を超えた戦いが始まります。これまでのジェイクたちはパンドラのほんの一部であり、世界はもっともっと広かったんだということが作品を通して分かりました。

ジェイクとネイティリだけではなく、長男のネテヤムや次男のロアク、末っ子の少女トュク、さらに前作のグレース博士が残した子供キリなど、様々な年代と複雑なキャラクター性が今回は見られました。家族が増えたことで、心理描写も多面的になり、どの世代からでも共感できる物語に深みを増していると思いました。特に中高生の思春期は長男次男の成長と恋愛模様を重ねられて、より感情移入できるのではないでしょうか。

前作よりさらに、人間的な物語になっており、家族で観るファミリー映画として最高だと思います。

今回の悪役もお馴染みのクォーリッチュです。前作で死んだはずでしたが、オリジナルの遺伝子を元にアバター化させることに成功しており、クォーリッチュの記憶と性格を維持したアバターが今回の敵です。一度死んだ厄介な敵が何度も復活してくる展開には、さすがに笑ってしまいました。

しかも、最後にクォーリッチュはジェイクとの一騎打ちの末、スパイダーの助けもあって一命をとりとめます。しぶとく生き残ったクォーリッチュは第三作でもジェイクたちを追い詰める存在として立ちはだかることが示唆されます。

そして、前作でもテーマとなっていた「侵略と共存」が、本作のテーマにもなっていました。二作連続で同じテーマをわかりやすく打ち出していたことを考えると、最終第五作まで一貫して「侵略と共存」をテーマにアバターシリーズを描いていくのかもしれません。

しかし、映画で描かれる人類側の思惑は前作とは少し違った印象を受けました。

前作では人類が「パンドラの希少鉱物」を手に入れるためにパンドラを攻撃しました。今回の侵略も同じ目的だと劇中語られましたが、今作ではクォーリッチュの個人的恨みにより大規模な戦争と殺戮が行われ、クォーリッチュに焦点が強く当てられていました。

前作でクォーリッチュ・オリジナル版を殺した張本人・ジェイクを追い回し、遠く離れたメトケイナ族のところまでしつこく追って来るのです。そんな私怨だけで米軍の大金と部下を使って殺しに来ることなんてある?というのはちょっと疑問に思いましたが(笑)

侵略という観点だと、海の民族の破壊はもちろんですが、今作は海洋生物に対して人類が無慈悲に殺戮を行なっていることが明確に描かれています。最新鋭の技術を駆使してトゥルクンを捕獲・殺戮していくシーンは現実世界のクジラや地球の海洋生物の捕獲に重なります。

キャメロンは、海洋生物側からの視点で、リアルに殺戮を描くことで、普段人類が行なっている行為がいかに残酷なことなのかと警鐘を鳴らしています。

海での戦いの終盤、人間側の船が沈み、ジェイク一家が沈みゆく船の中で脱出を試みるシーンがあります。僕は、このシーンは単純なラストシーン以上に、違った意味で感動しました。

なぜならジェイクとネイティリの生還劇が、「タイタニック」の沈没シーンと重なったからです。これは、キャメロンは船の沈没から主人公たちの生還を描くことで、「タイタニック」のジャックとローズを救おうとしたのではないでしょうか。

船内に海水が侵入し、水が雪崩こむ狭い空間でもがくジェイクたちの姿は、正に「タイタニック」の沈没シーンと類似しています。「タイタニック」との比較の意識はケイト・ウィンスレットをロナル役で起用したことからも推察することができます。

そして、長男ネテヤムが船中の溺死ではなく、戦闘中の銃攻撃による死亡という展開も、意味のあることだったように思います。沈没する船内からの家族全員脱出というのは、キャメロンの中ではとても重要なことだったのです。

「タイタニック」でジャックを死から救えなかった無念を、アバターで晴らそうとしているのだとすると、とても感動的ですよね。

(3)スパイダーの役割とは。他者と異なる者たちの物語。

本作を通して、最後まで最も違和感を感じた点はスパイダーの存在でした。
父親はクォーリッチュで母親は不明。前回の人類侵略時に取り残され、パンドラで育ってきたという、かなり特殊なキャラクターです。スパイダー自体は父親がクォーリッチュだということは元々知っていたようでした。

パンドラに残ることを決断した研究員たちは、もちろん服を着てそのままパンドラでの生活を送っていましたが、スパイダーはほぼ裸での生活。
野生児のような振る舞いで、立ち姿もナヴィそのものでした。

衣類がない惑星だとしても、少し違和感の残る存在ですが、特別細かいキャラクター背景の説明は描かれずにラストを迎えます。

キャメロンにとって、スパイダーの役割とは、観客の視点そのものなのではないでしょうか。スパイダーは、パンドラ世界で唯一自由に動き回れる人間として描かれ、パンドラの世界ではマイノリティかつ「差別される側」として存在します。ロアクやキリから、見た目や身体能力をからかわれる描写が何度かありますし、ネイティリからは殺されそうになる程、忌み嫌われているのです。

しかし、「他者と異なる」者はスパイダーだけではありません。
ジェイクは元人間であり、ネテヤムとロアクは人間とナヴィのハーフなので指が5本あります。キリも同じくグレース博士とナヴィのハーフなので5本です。(ナヴィの指は通常4本)
なので、ジェイクたちと行動を共にするスパイダー含めて、ジェイク一家は全員が「他者とは異なる」マイノリティとして存在するのです。
アバターとはマイノリティの人々の物語だということも、言えるのです。

前作からアバター世界でも数十年が経っています。現実では13年が経過していますが、本作ではジェイクという人間でさえも、ナヴィの姿に変貌しているので、本作ではジェイクに冒頭から感情移入することは難しいです。

突如として始まったナヴィだけの世界でも、観客が自分ごととして映画の世界に没入できるように、スパイダーという存在を作り出したのだと思います。映画の中で人間の姿が常に見えることで、観客はスパイダーを通して、パンドラの世界を見ることができます。

これは視覚的にも世界観没入の効果を高めていると言えます。人間より2倍近くの身長があるナヴィですが、スパイダーがいることによって、常に人類とのサイズの差を意識させられます。
ナヴィだけが画面内にいると、誰がどのくらいの身長で動植物のサイズ感も不明で、パンドラ世界の解像度が低くなってしまうことを避けたかったのでしょう。

また、クォーリッチュに捕らえられたスパイダーは実の父と時間を過ごすことで、奇妙な絆を感じていきます。
前述したように見た目などをナヴィ内で馬鹿にされるシーンがありますが、生まれてから常に周りの環境との違いに気づきながらも、パンドラ世界しか知らないスパイダーは、そこで生きるしかありませんでした。

しかし、人類という存在、父親という存在が急に目の前に現れたことでスパイダー自身も自分は何者なのかと、揺れ始めていきます。ラストでクォーリッチュが海中で死にかけた時、スパイダーは迷った末にクォーリッチュの救出を選択しました。彼の中に父親・人間という存在が大きくなった瞬間でした。

僕はこの人間という視点が、今後大きく物語を動かしていくのだと感じています。
スパイダーは、パンドラと人類を繋ぐ救世主となるのか、あるいは人類側につき、パンドラの侵略を成功に導く存在となるのか、次作以降の重要なポイントですね。

そして、スパイダーが服を着ずに自由に駆け回っているのは、恐らく赤子の象徴なのだと思います。何色にも染まっていない状態を示しており、新しい人類という存在を知り、世界の広さを認知してしまった。スパイダーは成長するにつれ、自分の種族と生い立ちに葛藤し苦しむはずです。

スパイダーが出す結論によって、パンドラの命運がかかっていると予想しています。

まとめ

3時間という長丁場でしたが、全く3時間を感じさない映画の密度でした。
海の映像が圧巻なので、ぜひIMAXでの鑑賞をオススメします!

デート映画としても家族映画としても、めちゃくちゃ推せる1作となっています。

早くも、次作でジェイク一家に会いたくなっている自分がいます。キャメロン監督、次は13年もかけないで!!

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